2009年3月 1日 (日)

受験・塾・金

ブログを書くのはずいぶん久しぶりだ。
もう誰も見ていないだろうから、これまでとは雰囲気が変わったことも書くと思う・・・


今日テレビで「東大生の親の平均年収は1050万円」という特集をやっていた。
その出だしを聞いてどうせ、ワイドショーのどステレオタイプパターン

東大生の親は金持ちだ

今、金と学力は比例するのだ

昔はそんなこと無かった

経済優先主義によって日本人は何か大切なものを忘れてしまったのではないか?
現代はなんて不幸なんだ。私の若い頃は・・・。

になるかと思いうんざりしていた。

しかし、意外にも塾によって子供の好奇心が育つという側面や月謝200円の塾を紹介し、比較的偏っていない構成になっていた。感心。

その中で斎藤孝のコメントが、普段テレビでまともなことを言う人は少ないが、いたくまともで的を射ていると感じた。
その内容が俺のふだん考えていたこととほぼ同じだった、というのもそう思った理由の一つにはあると思うが。

そのコメントは、受験勉強には学校では足りない、塾に行かないと勉強が遅れるなどの話題が出ているときに「基本的に受験勉強は一人でもできるもので、塾行かないとできない訳じゃない。ただ、そのモチベーションを保つ、ペースメーカーとして塾がある。学力の経済格差が広がっていると言われているけど、僕は経済格差と言うよりモチベーションの格差が広がっていると思う。」(テレビで言っていたことと内容が違っていても悪しからず)

「素数について知っていてそれが生活のどこに役に立っているの?」なんてナンセンスなこと言う人のいる中で、納得できたコメントだった。

いや、たしかに経済力によって学力は左右されている面が少なからずある。
モチベーションがもてれば、持てるように塾ではなく親、学校が誘導できればよいのではないか?
ただやはり生活が苦しければ、親が子供の面倒を十分に見る余裕がないと言う問題もあるだろう。
じゃあ学校?そもそもなぜ今塾でやる気が出るのに学校でやる気が出ないのか。
もちろん学校は学校で受験だけじゃない、もっと人生の中で大きな位置を占めるものを学べる場でもある。それは塾にはない。
でも、もう少しどうにか。

そろそろ眠い。

ナンセンス、と一言で切り捨てたところに対して、その根拠を書く。
実生活で仕事で直接役に立つことを学ぶことが大切なら、職業訓練とか料理教室とかに行ってた方がいいんじゃない?
でも、実際には直接は使わない数学や歴史や化学、生物etc...を学ぶ。なぜか。
(将来それを職業で使う人とかはおいておいて、全く使わない人についてその意味について議論する。)
一言で言えば、頭が良くなるから。
例えば、数学を学ぶことによって論理的思考つまり筋道を立てて問題解決を行える、数学的ひらめきからほかのことについてのひらめきも強化される、全般に言えることが、努力の仕方、必要なことを学んでいく力を養える。
どの教科についても言える。
よく生きるためにある程度の勉強をして、自分の脳を鍛えるのだ。
ゆえに、ナンセンス、である。

読み返すと独善的で、独りよがり、根拠がなかったり・・・。ただ思ったことを羅列しただけ。
次はこの文より、良い文を書く。

以上60分

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